vol.5 備えあれば患いなし

2020/08/06

私の座右の銘は「備えあれば患いなし」です。

 先日、月刊『致知』9月号の取材を受ける機会を頂きました。その中でも一部取り上げられた私自身の人生観について、もう少し詳しくお伝えしたいと思います。

2003年春、私は高校卒業後にイギリス、アメリカへと生活の場を求めました。

海外生活を求めたのは、一刻も早く日本を出たいという思いからでした。その背景にあったのは、いろいろなしがらみや家柄を前提に寄せられるお世辞の数々から離れて、自分ひとりの力というものと向き合いたいという思いでした。

当時の私は、賛同者が少ないと分かっていることでも、我が道をひたすら突き進むことが信念を貫くことなのだと頑なに思い込んでいました。実際には、そうしながらも悩んでいる自分もいて、苦く酸っぱい思いを抱えながら経験を重ねた時期でもありました。しかし、それらの経験が、今日の私の人生観をかたちづくることに繋がったのは間違いありません。

10代までの人生で「自分を信じること」の大切さを理解していたつもりになっており、自分の決断で沢山の友人に迷惑をたくさんかけてしまったと、今では反省していますが、同時に、「(そういうところが)昂馬らしい」と良い部分も悪い部分もあわせて認めてくれる良い友人に恵まれていたとも思います。

そんな風に認めてもらえたのは、誰に何を言われても動じない心と共に、常日頃から「相手に喜んでもらうこと」を行動の原則としていたからだと思います。

「相手に喜んでもらうこと」の探求は、言い換えれば「誰かに必要とされる」ための努力でもあり、その行動の積み重ねがやがてはその人の魅力になると今では信じています。

皆さんは自分にはどのような可能性があるとお考えでしょうか? 

環境や状況など、人生には様々な違いがあるものですが、時間だけはすべての人に平等に与えられています。この与えられた時間をどれだけ有効に使えるか…ということに、人生のコツがあるのではないでしょうか。

せっかくの与えられた時間を、自分のやりたいことのために必死で使ってみる。相手が喜んでくれることのために必死で使ってみる。

そのことによって、人は可能性に出会えるものだと思います。私の母の言葉、「自分の可能性を信じなくては、新しい自分には出会えない」というのは、そんな風に必死になって与えられた時間を有効に使おうとすることの尊さを伝えるものであると私は解釈しています。

若い者の代表として、同じ若い者に伝えたいことがあります。

それは、「自分の好きなことを本気で学んだり、向き合ったりしよう」ということです。時間を過ごすのに、誰か・何かに身を任せることはせず、日々の小さなことからでも悩み・ぶつかりながら体験を重ねるべきではないでしょうか。

「備えあれば患いなし」とは、与えられた時間を活かそうと必死で行動してきた人が口にできる言葉ではないかと思うのです。

 

 

「致知」9月号 https://www.chichi.co.jp/info/month/

私の座右銘にて紹介いただきました。